低分子物質の曳糸における
表面張力の役割と曳糸長への寄与

内部分子同士の相互作用には弾性を起こす成分がない液体でも、液滴の様に、他の物質との界面が存在すると界面(表面)積を小さくしようとする界面(表面)張力が発生します。この界面(表面)張力のより弾性力が生じ、曳糸性に影響を与えます。
ここでは、平井の報告(日本化学雑誌75巻10号1019頁)
を基にして説明させていただきます。
今、下の図の様に水銀の液滴を2枚のガラス板にはさんで急に離した場合を考えましょう。
rep2-1

板を離すと、水銀は一番右の図の様に振動をします。
水銀原子同士には振動を起こす程大きな弾性的相互作用はありませんが水銀液滴の様に表面が存在すると液滴自身の表面積を小さくしようとする表面張力が発生し、変形の復元力として働くために上の様な振動が起こります。
見かけ上は、弾性体や粘弾性体が示す性質と同じですがこれらの物質では絡み合いなどの内部構造からこの様な性質が出てきますので液体内部では弾性的な力が生じませんので区別が必要です。
特に表面張力の大きい水銀を例にとって説明しましたが、この様な弾性的復元力は、水あめの様な高粘性液体を引っ張った時の側面方向のへの径の細まり方に大きな影響を与え、以下で導出する様に、この様な物質の曳糸長を決定する事になります。

●粘性が支配的な場合の曳糸長の算出
水あめの様な場合には、内部からは弾性的な性質は出てきませんが、表面が存在する事により弾性的な性質を生じる事を述べました。次にこの擬似的な弾性が曳糸にどの様に影響を与えるかを見ていきましょう。

まず始めに、擬似的弾性による引っ張りひずみと応力間の比例定数であるヤング率を算出してみましょう。
rep2-2

具体的には、上図の様に、球を引っ張り、右の様に楕円体になった場合を考えます。
そのままでは複雑ですので、問題を簡単にする為に

・始めの状態(球)  ⇒底面の半径R0、高さ2R0の円柱
・引っ張り後(楕円体)⇒底面の半径R、高さ2R0+ΔLの円柱

でそれぞれの場合を近似します。(ΔL<<R0と仮定します。)

素材は液体ですから、引っ張っても体積Vは変化しないと考えると、
(始めの体積)=πR02・2R0=2πR03
(後の体積) =πR2・(2R0+ΔL)
∴R2=2πR03/{π(2R0+ΔL)}=R02(1+ΔL/2R0)-1
R=R0(1+ΔL/2R0)-1/2
よりRとΔLの関係が得られます。

次に、引っ張る前と後の表面積を求めます。
(始めの表面積:S0)=2×πR02+2πR0×2R0=6πR02
(引っ張り後の表面積:S)=2×πR2+2πR・(2R0+ΔL)
=2πR02(1+ΔL/2R0)-1+2πR0(1+ΔL/2R0)-1/2(2R0+ΔL)
=2πR02(1+ΔL/2R0)-1+4πR02(1+ΔL/2R0)1/2
=2πR02{(1+ΔL/2R0)-1+2(1+ΔL/2R0)1/2}
近似式[1>>xの時: (1+x)n≒1+nx+n(n-1)x2/2]を使うと
S≒2πR02[{1-(ΔL/2R0)+(ΔL/2R0)2}
+2{1+1/2(ΔL/2R0)-1/8(ΔL/2R0)2}]
=2πR02[1-(ΔL/2R0)+(ΔL/2R0)2
+2+(ΔL/2R0)-1/4(ΔL/2R0)2}]
=2πR02{3+3/4(ΔL/2R0)2}
=6πR02+3π(ΔL)2/8
となります。

従って、
(引っ張る前と後の表面積の増分:ΔS)=S-S0=3π(ΔL)2/8
(表面エネルギーの増加分:Δεγ)
=(表面張力:γ)・ΔS=3πγ/8・(ΔL)2
となります。

この擬似的弾性体の伸びによるひずみは、元の長さに対する伸びの比で与えられますので
(ΔL/2R0)となります。

この伸びに対する仮想的なヤング率をEとすると、伸びによるエネルギーΔεEは
ΔεE=1/2・E・(ひずみ)2×V=1/2・E・(ΔL/2R0)2×2πR03=R0π/4・E・(ΔL)2
と計算できます。

これまで、もともと同じ変形のエネルギーを、表面張力によるエネルギーの増加、擬似的弾性体のひずみによる弾性エネルギーの増加と見方を考えて計算しただけですので、ΔεγとΔεEとは同じになるはずです。従って、
3πγ/8・(ΔL)2=R0π/4・E・(ΔL)2
という関係式が成り立ち、これから
E=3/2・(γ/R0)
と、変形を擬似的弾性体の伸びと考えた際の仮想的なヤング率が計算できます。

弾性体を上下方向に引っ張った際、側面方向への径を細める様な変形が生じます。この変形は弾性体のずれの変形になりますので、この変形に対し弾性体からそれを妨げる剛性率に関係した応力が生じます。

ヤング率Eと剛性率Gの間には、弾性変形に関する考察から
G=E/{2(1+σ)}
という関係が得られます。σは、ポアッソン比と呼ばれるものです。

詳細は省略しますが、液体の場合0.5になります。従って、擬似弾性体の仮想的ヤング率Eと剛性率Gの関係は
G=E/3=γ/(2R0)
という事になります。

液滴が表面張力に起因する弾性を有する事から、ここまで擬似弾性体とみなし、仮想的剛性率を算出してきました。以下では実際に曳糸性とのかかわりについて述べます。

問題を整理する為に、下図の様に引張りにより側面方向に径が縮まっていっている過程を考えてみます。
側面では、引張りにより生じた径を細めようとする力F、これまで述べてきた様な変形に抗する仮想的剛性率により生じた応力、液体が変形を起こす際に生じる粘性に起因した応力が生じています。
rep2-3

この様子は、下図の様な仮想的剛性率Gのバネと粘性率ηのダッシュポットで出来たマックスウェルモデルで記述できます。バネの伸びをx1、ダッシュポットの伸びをx2とすると、内向きの力FとG、ηによる抗力は作用反作用の関係にあるので
F=Gx1=ηdx2/dt ・・・ (1)
となります。また、全体の伸びxはx1+x2ですので、
v=dx/dt=dx1/dt+dx2/dt ・・・ (2)
となります。(1)式の関係を(2)式に代入して
v=(1/G)dF/dt+(1/η)F
簡単の為にvは一定とすると、
d(F-ηv)/dt=-(G/η)(F-ηv)
と変形できます。この微分方程式解くと
(F-ηv)=(F-ηv)0exp[-(G/η)t]
=(F0-ηv)exp[-(G/η)t]
=(F0-ηv)exp[-t/τ]
となり、(F-ηv)は、緩和時間τ=η/Gで減衰する事になります。
ここで、この緩和時間τまでの伸びで曳糸長Lを定義すると
L=Vτ=V(η/G)
=V(η/{γ/(2R0)})=2R0Vη/γ ~ R0Vη/γ
となります。

rep2-4

参考文献
1.”曳糸性”「レオロジーハンドブック」(丸善:高分子学会編)術語編pp。19-20
2.”曳糸性” 平井:日本化学雑誌第75巻第10号1019-1027頁
3.”粘稠物質の破壊と曳糸” 後藤、相田、林、平井:材料試験、第6巻43号245-250頁