曳糸性資料 001

曳糸性(thread-forming property, spinnability)

1.なぜ糸を引くのか?
曳糸性とは、水あめや納豆などに見られる様な長く糸状に伸びる性質をいいます。医学分野では牽糸性、繊維関係では紡糸性とも呼ばれますが同じ性質を指しています。
では、糸を曳かないで丸くなる水などの液体と、糸を曳く水あめや納豆ではどこが異なるのでしょうか?実は、下に説明する様に、水と水あめや納豆とは、粘性の大きさ、粘弾性の存在という点で異なります。ここでは詳細には立ち入らず、解りやすさに重点をおいてお話したいと思います。
注意しないといけないのは、見かけは同じでも、納豆と水あめの糸曳きは違う仕組みで起きているので2つの場合を別に考えなければならない事です。

納豆 水あめ 液体

●水あめの糸曳き
この様な物質と純粋な水との異なる点は、ドロッとした性質(粘性)が非常に高いかどうかです。同じ性質を示すものにアラビア糊や熔けかかったガラスやプラスチックなどがあります。この場合、よく見ると糸の上から下へゆっくりとした流れが見られます。また、糸はとろりとした感じで切れ、切れ端は水滴が縮まる時の様に丸くなります。糸を細めたり、切れ端を縮める力は表面張力です。付録1

rep1-1

●納豆などの糸曳き
水あめ程にはドロッとしていない液でも、絡まりあっている糸状物質(高分子)が含まれる場合なども糸を曳きます。この場合の純粋な水との相違点は、高分子が含まれるかどうかです。サトイモやトロロイモの粘液、唾液、関節液などの糸曳きがこの場合に当たります。この場合、液がドロッとしていないのでかるく長く糸を曳く事ができます。また、糸曳きをして切れた後は、ゴムが縮むようにピュンと縮む点が特徴です。

rep1-2

ここまでは、端的な2つの例として、水あめと納豆の例について説明してきました。一般の場合は、2つの要素が混ざり合っていますので、その要素の混じり方により水あめと納豆を両極端にした間の性質を示す事になります。

2.曳糸長から分かる事
上に書いた様に糸を曳くしくみには、水あめ、納豆で代表される2つの場合があり、糸曳きの長さから分かる事もそれぞれの場合で異なってきます。
解りやすく説明するため、これからの説明では急な引張りや大変形により生じる複雑な事は省略します。

●粘性が糸曳きの主な原因である場合
まず、水あめの糸曳きの場合の様に粘性が糸曳きの主な原因である場合の曳糸長について考えてみます。
・曳糸長について
糸の細まり方が表面張力のみの影響を受け、引張る速さに依存しないと仮定してモデル計算を行うと、
[平井(日本化学雑誌75巻10号1019頁)、後藤ら(材料試験6巻43号245頁)(付録1)]

L ~ R×V×η/γ
L:曳糸長
R:糸の半径
V:曳糸速度
η:粘性係数
γ:表面張力

という関係が導けます。RとVは、既知の量、設定する量ですので、曳糸長から

表面張力に対する粘性係数の比η/γ

がわかる事になります。

・糸を曳く条件
上の場合について、「糸を曳く」という事をL/R≧1、
つまり半径以上に糸が伸びている状態であると決めると、前節の式から

V×η/γ≧1

という関係が成り立つ事がわかります。この結果から、

曳糸長は曳糸速度が速く、粘性が大きく、表面張力が小さくなる程、顕著になる事がわかります。

・曳糸の為のηとγとの間の条件
糸を曳く為に必要なηとγとの間の条件を求めてみましょう。
上の式を両辺Vで割ると、

η/γ≧1/V

という関係が成り立ちます。今、cgs単位系を使い、V=0.5(cm/s)と仮定すると

η≧2γ

という関係が導かれます。つまり、曳糸速度が0.5cm/sの場合には、
ηがγの2倍以上である事が、「糸を曳く」条件である事がわかります。

●粘弾性や弾性が糸曳きの主な原因である場合
納豆の様な絡まりあう高分子が含まれる場合では、粘弾性や弾性が関係し、糸を曳いて切れる過程は解析が複雑です。
この場合の曳糸長は、上の場合と異なり表面張力とはあまり関係はなく、粘性と関係が深いのですが唯一の原因とは考えられていません。
ここでは、簡単な力学モデルで説明を行います。この様な液体を棒につけて引き上げる時の様子は下の2つのタイプになります。

rep1-3・マックスウェルモデル
1つめのタイプは、引き上げ速度に依存して様子が変化するもので、引上げ速度が極端に遅ければ粘性的で糸を長く曳かず、またあまりにも急激に引上げれば切断し、その間の適当な速度でのみ糸を曳くものです。この様な性質は粘弾性と呼ばれ、一種の力学緩和現象です。
この様子を良く表す力学モデルが、右図の様にバネとダッシュポット(ダンパー)を直列につないだマックスウェルモデルと呼ばれるものです。
このモデルによる曳糸長の式の形は水あめの場合と似ていて
L(曳糸長)~V(曳糸速度)×η(粘性定数)/k(バネ定数)
となります。

・フォークトモデルrep1-4
もう1つのタイプは、もっと絡みあいが強固になったもので、ゴムが伸びるように伸張し、破断するものです。
2番目のタイプのものの様子を良く表すものは、右の図の様にバネとダッシュポットを並列につないだフォークトモデルと呼ばれるものです。この場合の曳糸長は、一般的には計算する事はできません。

3.いくつかの場合について
・ 粘性と曳糸性の違い
これまで説明してきました様に、曳糸性は、物質に関する量としては粘性以外にも、水あめの様な場合には表面張力に、納豆の様な場合に弾性定数に依存します。
従って、粘性係数が同じでも他の量が異なれば、違った値を示します。
また、複雑になるのでこれまで説明しませんでしたが、
実際の事情は、下に書く様にもっと複雑です。
通常、粘性係数は、定常的な運動や微少振幅の振動により求められます。それに対し、曳糸長を求める実験は、静止状態から急に大きく引張り上げるものですから運動は非定常的でかつ大変形なものとなり、過渡現象や非線形現象とも捉えられるものです。そう言う意味でも、曳糸性は通常の粘性とは異なる条件で現れる性質です。

・水性塗料に水が加えられた時の曳糸性
水性塗料は、カゼイン、膠、酢酸ビニルなどの水溶性結合剤の水溶液に顔料を混合したものですが、これに水を加えると、後述する水素結合により水溶性結合剤が若干高分子化して水あめの様に粘性が増加、納豆の様に高分子のからまりや網目の形成が起こり曳糸性が増すと考えられます。

・ 水に砂糖を加えていった場合の曳糸長の変化
曳糸性には、粘性と伴に表面張力も関係している事は上に説明しました。
液体に物質が溶けるとき溶液の表面張力が減少する現象を界面活性と呼びますが、それに対し、表面張力がほとんど変わらない事を表面不活性といいます。砂糖は、水に対して表面不活性を示す物質です。従って、水に砂糖を加えていっても表面張力はあまり変化しません。
では、粘性の方はどうでしょうか。砂糖は、水の水素と水素結合を作りやすい水酸基をもち、水を構造化することが知られています。これにより、水の粘性が増加します。
従って、表面張力はあまり変化せず、粘性が上昇しますので曳糸長は長くなると考えられます。(糖の濃度が大変大きくなったものが水あめです。)

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